研究と生活のあいだで揺さぶられた価値観 — ベトナム出張報告
2025年12月13日から18日まで、コーヒー研究プロジェクトの一環としてベトナムに出張しました。今回の訪問は私にとって3回目。初回は一人、2回目は藤原さんと二人、そして今回は藤原さんと山﨑さんを含めた3人での訪問でした。仲間がいると、旅の安心感がまるで違います。例えば換金場所や移動の段取り、食事の選択、細かな買い物に至るまで、現地で判断が必要になる場面を三者で相談できるだけで、意思決定が驚くほど楽になります。役割分担も自然に生まれ、動きが滑らかになる。これは過去2回の訪問では得られなかった「軽さ」でした。
12月13日:到着、経験が安心に変わる
今回のフライトは深夜にベトナムへ到着する便でした。過去2回は空港での入国手続きに時間を取られ、空港を出るころには疲労が溜まりきっていた記憶があります。けれど今回は拍子抜けするほどスムーズに入国できました。時間帯の影響もあるのかもしれませんが、「何が起きるか分からない」という不安が少ないだけで、身体の緊張がほどけていくのを感じます。
空港のゲートを出るとすぐに迎えのフイさんと合流でき、そのままホテルへ直行。ベトナムのホテルは全体的にリーズナブルですが、これまでの経験で「この価格帯なら清潔さや快適さが担保される」という感覚も掴めてきました。結果として、今回はしっかり眠れました。旅の出だしで眠れることは、思っている以上に大きい。翌日には6〜7時間の長距離ドライブが控えているのですが、身体が休まっているだけで気持ちが前向きになります。
そして何より、久しぶりにチャムさんと再会できることが楽しみでした。現地で会える「知っている顔」が増えるほど、外国のはずの場所が少しずつ「自分たちの現場」に変わっていくような感覚があります。研究プロジェクトは研究室の中だけでは完結しない。その当たり前の事実を、旅の始まりから改めて噛みしめていました。
12月14日:再会と移動、ベトナムの自由に揺さぶられる
日本との時差は2時間。ベトナムの朝は、日本人の私たちにとって少し遅めの感覚で始まります。最上階の朝食会場から見える乾季の晴れた景色は爽快で、旅のエネルギーが身体に入ってくるようでした。朝食も、フルーツや野菜を中心に控えめに選びつつ、意外にも身体がすっと受け入れる感じがありました。「食べる」ことが、旅のリズムを整えてくれるのを実感します。
チャムさんたちと合流し、車内では今回のサンプリング計画や訪問先の情報を確認。私も少し学んできたベトナム語を披露してみたのですが、驚くほど通じない。一方で藤原さんの発音は素晴らしく、語彙も豊富で、あっという間に場が和みました。言葉が通じた瞬間に生まれる笑いと距離の縮まり方は、どこの国でも同じなのだと思います。
道中立ち寄った道の駅のような場所で買ったコーヒーは、ブラックを頼んでも無条件に砂糖入り。しかも非常に濃い。ひと口飲んだだけで目が覚めるような強さがありました。私はこれまで酸味のあるアロマティックなコーヒーが好みでしたが、この「ガツンとくる一杯」が妙においしく感じたのも印象的でした。嗜好は固定されたものではなく、土地の空気や疲労や気分と結びついて変化するのかもしれません。
昼食は壺ご飯、豚肉やナマズの甘辛煮込み、スープなど。チャムさんにご馳走になりました。ベトナム文化について事前に調べたとき、「正しさより信頼、効率より関係、言葉より行動を重んじる」という説明を目にしましたが、まさに食卓そのものがそれを体現していました。ありがたさと恐縮が同時に湧き上がり、言葉が追いつかない感覚がありました。
夕方に到着したダラットでは、ホテルで一息ついたあと日本人3人で散策。横断歩道を渡るのがとにかく怖い。頭では「ゆっくり渡れば相手が避けてくれる」と理解していても、向かってくる車とバイクの圧に身体が反射的にすくみます。ただ一方で、これに慣れすぎたら日本では逆に危ないだろうとも思う。旅先で“適応”することには、常に代償があるのだと感じました。
街は、整ってはいない。ゴミも落ちているし、物も散在している。けれどそこには不思議な自由がありました。犬があちこちを歩き、子どもも大人も、何かを急ぐでもなく時間を過ごしている。日本では分刻みでスケジューリングされ、「常に数分先の未来を生きている」ような感覚があるのに、ここでは「いま」が確かに目の前にある。五感が「いま」を掴めている感じがして、どこか懐かしさすら覚えました。豊かさとは何か、幸せとは何か、そんな問いがベトナムの地を歩くうちにじわじわと膨らんでいきました。
夜はヌット教授のご自宅へ。最初は警戒されているようにも見え、言葉少なに迎えられましたが、手料理の夕食がテーブルに並び、教授自ら春巻きを巻いて渡してくれた瞬間に空気が変わりました。これまでの経緯と感謝を丁寧に伝えると、教授は「ワインで乾杯しよう」と言ってくださった。少ない言葉の中で交わす時間が、なぜか心地よい。
さらに驚いたのは、教授が35年間、500人以上の学生に教え、しかも毎日手料理のランチを振る舞ってきたという話でした。35年、毎日。同じことを愚直に続けることの重みと、その中にある愛情の深さを想像すると胸が熱くなります。同時に「自分はここまで真心をもって人に接していただろうか」と反省が押し寄せました。
終盤、教授は私に「チャムさんを助けてあげてほしい」と言いました。私は力強くYesと答えたものの、どこまで自分ができるのか不安もありました。ただ、その夜の時間の流れが、私を大きく包み込んでくれるような感覚がありました。
12月15日:サンプリング、そして共有する時間
外の風の音で少し早めに目が覚めました。昨夜のヌット教授との会食の余韻が残っていたのか、夢の中ではラボメンバーとの飲み会が出てきました。二次会へ向かう電車の中で、メンバーに感謝を伝えたいのに、うまく言葉にできない、そんな夢でした。目が覚めても、胸の奥に小さな引っかかりが残る。不思議な朝でした。
朝食はホテルの目の前の店で。活気があり、湯気と香りと人の声が混ざっている。肉がたっぷりのヌードルにフィッシュソースとチリの辛味を加え、野菜をどさっと入れて食べました。少し寒い朝に、熱いスープが身体の芯まで届く感じがして、力が湧いてくる。温かいハーブティーで乾杯して店を出る。その小さな儀式が、今日の仕事のスイッチになりました。
途中、果物屋台でロンガンなどの土地の果物を買いました。ロンガンはしっかり甘いのに後味がすっきりしていて、巨峰のような気品もある。何個でも食べたくなりますが、調べると食べ過ぎるとお腹が緩くなるとのこと。旅先では欲望のままにいけない。こういう小さな自制もまた、異国で暮らす感覚に近いのかもしれません。
現場に着くと、一気に研究モードへ。コーヒー事業のオーナーのタンさんと挨拶を交わし、すぐにプランテーションへ移動。私は土壌サンプリング、藤原さんと山﨑さんは果実、チャムさんはpH、トウさんとフさんはセンサー設置。役割分担が明確だと、動きが迷わない。作業の速度も上がるし、何より「一緒に進んでいる」という感覚が強くなります。
涼しくなったとはいえ、動けば汗は出る。赤土は乾いていて風で舞いやすく、足元から頭のてっぺんまで砂埃に包まれたような状態になりました。ふと気づくと、顔も手も土の色に近づいている。けれど不快ではなく、むしろ「自分の身体が土地の一部になっている」ような奇妙な一体感がありました。
昼は川辺の美しい景観のレストラン。川は濁っていて、ペットボトルなどのゴミが浮いている。昨日の湖も濁っていたし、街にもゴミが多い。初見では正直「残念だ」と感じる感覚が日本人の自分にはありました。けれど滞在が進むにつれて、その光景が当たり前になっていく。そして不思議なことに、水辺はやはり美しいし、風は涼しく爽やかで気持ちがいい。価値判断が、現場で少しずつ書き換わっていくのを体感しました。
日が落ちるころまでサンプリングを終え、宿へ。今回は当日予約のローカル宿で、設備も古く、清潔とは言い難い。タオルも正直きれいではない。それでも、熱いシャワーを浴びた瞬間に身体がほどけていき、「ああ、今日もやりきった」と思えました。環境が整っていなくても、回復のスイッチは入る。人間は案外、しぶとい。
夜はヤギ肉の店へ。ビールをきっかけに、トウさんやフさんと翻訳したベトナム語で会話をし始めると、ことあるごとに乾杯が起きて、どんどん距離が縮まりました。蒸しヤギ肉とハーブ、ヤギ肉しゃぶしゃぶ風、ヤギ肉の胡椒炒め、ヤギ肉のスープ、どれも美味しい。そしてビールは全員で250mlを36本。そこには「今日を一緒に終える」という共同体感覚がありました。言語を超えて何かが芽生える感じがする。ビールは偉大だ、という結論に落ち着きます。
12月16日:発酵の現場、研究が確信に変わる
バイクの走る音で目が覚め、窓を開けると快晴。旅の中で価値観が変わるものの一つに、「清潔/不潔」という感覚がある気がします。日本での当たり前は、ここでは通用しない。逆に、ここでの当たり前を受け入れられるようになると、頭が軽くなる瞬間があります。
朝のフォーは、現地でしか食べられない味でした。湯気の香り、スープの深さ、ハーブの清涼感。ありがたい、という言葉が自然に浮かびます。移動中、道路脇で物乞いをする方がいて、若者がわざわざバイクから降りて布施をしていました。その光景を見て、「怠惰だと思わないのだろうか」という冷たい思考が一瞬よぎり、すぐに自分で驚きました。物乞いの方には事情があるのかもしれない。勇気を出してそこに立っているのかもしれない。困っているときはお互い様で助ける - その正義が自然に湧き上がっているのかもしれない。偽善ではなく、心の底からの行為として。自分の中の価値判断が揺さぶられ、無意識の認知バイアスに気づかされました。
コーヒープロデューサーのタイさんのもとで最初に出されたのは、彼らが作るロブスタのスペシャリティコーヒーでした。驚くほど香りがあり、酸味も立っている。これまで飲んできたロブスタとは明らかに違いました。「ロブスタでここまで出せるのか」と思った瞬間、未来のコーヒー産業に希望が見えた気がしました。
工場見学では、2段階の発酵プロセスと厳密なロースト制御が鍵であることを教えてもらいました。さらに、プロセスで出る果実の副産物をカスカラ茶として利用している。試飲すると、すっきりして飲みやすく、口の中がイガイガする感じもない。カフェインがあるのか目が冴えるような気分にもなる。現場で、味と香りと空気を一緒に受け取ると、「これは確かなものだ」と身体が先に理解してしまう。それが研究へのエネルギーに直結するのを感じました。
この発酵プロセスにどのような微生物と代謝物が関わっているのか。解き明かすことで品質をより安定的に維持できるのではないか。さらに、私たちが進めている土壌微生物による果実への影響は「材料そのものの改良」につながり得ると、タイさんが強い興味を示してくれたことも嬉しかったです。On-farm experimentationとしての広がりが見え、藤原さんも山﨑さんも次々とアイデアを出し、議論は熱を帯びました。
昼のフライドチキンも印象深い。日本やアメリカの油っぽいものとは違い、素揚げに近く、甘辛い味付け。クミンの香りのフライドライスにのせ、野菜やピクルス、チリソースと醤油ソースで食べる。油物で胃もたれしがちな自分が、今日はまったく胃にもたれない。食べ物の違いもまた、旅の身体感覚を変えていきます。
午後はタダン湖に立ち寄りながら次のコーヒープロデューサーへ。長距離ドライブの中で藤原さんや山﨑さんと話す時間がたっぷりあることが、ありがたい。現場で見たこと、感じたこと、研究の方向性、そして個人的な感情。海外出張を複数人で来ることの意義は、こうした「共有」と「咀嚼」にあるのだと思いました。
次に訪問したフさんの現場でも、発酵は2段階。ただし方法はよりシンプルで、しかも1年前に発酵が終わった豆でも強いフルーティーさが残っているという。発酵の重要性が、確信に変わっていきます。さらに果実選別では、中国製の光センサー選別機の速度と正確さに驚きました。テクノロジーの凄さを見た一方で、その背後にある人の手の積み重ねも同時に見える。私たちは輸入された生豆やロースト豆を「コーヒー」と認識しているけれど、その前にどれほどの工程と人の労力があるのか。現場に立つことで、「ありがたい飲み物を飲んでいる」という実感が急にリアルになります。研究者としてもコーヒー好きとしても、貴重な体験でした。
夜は遅めの夕食。運転手のフさんには申し訳ないと思いつつ、みんなでビールを飲み、また一日を締めくくりました。「今日もゆっくり眠れそうだ」と思えることが、旅の幸福度を静かに底上げしてくれます。
12月17日:幸せの定義と立場の錯覚
朝方に何度か目が覚めたのに、そのたびに「よく眠った」と感じる深い睡眠でした。休息に休息を重ねたような爽快感。昨日は疲れてシャワーを浴びずに寝てしまい、朝シャワーを浴びたのですが、お湯が出ず水シャワー。それでも意外なほど気持ちが良く、汚れが落ちきっていないはずなのに、身を清めたような感覚がありました。身体の内側がほんのり温かくなる感覚が新鮮で、「快適とは何か」という問いがまた少し揺れます。
朝食はフォー。再びフさんのもとへ行き、コーヒー事業にかける思いを聞きました。袋の内での嫌気発酵と太陽光での乾燥を何度も繰り返し、揮発性成分を引き出す。1回発酵と3回発酵の生豆の匂いを嗅がせてもらうと、明らかに違う。ここで特定の微生物の増殖が促され、雑菌が抑えられているのだろう。そう想像するだけで、研究の問いが具体的な形になっていくのを感じます。現場が問いを作り、問いが現場へ戻っていく。研究の循環が見えた気がしました。
さらに印象的だったのは、フさんに「幸せとは何か」を聞いたときの答えです。
コーヒーの発展に貢献すること、ベトナムのロブスタの評価を高めること、そして家族を養うこと。自分の仕事が地域の誇りになり、家族の生活を支えている。その言葉はとても力強く、彼が地域のヒーローであることが自然に理解できました。
昼はシーフードレストランで名残惜しいベトナム料理を味わい、その後ホーチミンへ戻る長距離ドライブ。揺れに身を任せて居眠りをしながら、ここ数日の出来事を頭の中で反芻しました。運転してくれるフさんへの感謝が、静かに積もっていきます。
ホーチミンに着くと、今回の出張で最も良いランクのホテルに宿泊。やはり快適だ、と素直に思う一方で、これまで泊まってきたローカル宿の薄暗さや不便さ、不気味さすら含めて「ベトナムという国の一部だった」とも思いました。快適さだけが旅の価値を決めるのではない。むしろ不便さがあるからこそ得られる感覚もある。そんな当たり前のことを、身体で理解し始めていました。
夜はシーフードで最後の晩餐。一部メンバーが参加できず少し寂しさもありましたが、新しく加わったチャムさんのラボメンバーとも楽しい時間を過ごしました。そしてこの夜、チャムさんとの会話の中で、自分の中に大きな気づきが生まれました。
私はどこかで、「先進国が発展途上国に手を差し伸べる」という前提を深層心理に持っていたのだと思います。今回の研究も、ベトナムの成長に貢献できるのではないか。そんな与える側の視点を無自覚に抱いていた。しかし、実際に農業現場を見て、人々と時間を共有すると、「本当に彼らは不幸で、課題に苦しんでいるのか?」という問いが湧いてきました。むしろ、日本人が高度経済成長の中で忘れかけてしまった、目の前の仕事への喜びや生活の実感がここには残っているように見えたのです。
その思いをチャムさんにぶつけると、彼女たちも同じように理解している様子でした。地方の農家やエスニックマイノリティと呼ばれる人々も、日々の暮らしに満足し、幸せを感じている。その上で、自分たちがどう振る舞うべきかを考えている。その視点の成熟度に、こちらが学ばされました。
私は「与えている側」だと勘違いしていた。むしろ私たちが多くを学んでいる。そう腑に落ちたとき、言葉にならない感謝が込み上げました。この感謝を、プロジェクトへの貢献という形で返したい。そう切に願いました。
実はこの夜、私たちは店に早く着き、勝手に席について、英語もベトナム語も十分ではないのに、店員さんと何とか意思疎通しながらビールとつまみを注文し、先に始めていました。ふと、「何でも頭の中で処理しようとし過ぎているのは、私たちの方なのかもしれない」と思いました。その場の空気の中で、できる言葉で気持ちを伝え、受け取り合う。それさえできれば、案外うまくいく。
逆に、関係性に無理に介入しようとすることが、悲劇の始まりになることもあるのかもしれない。そんな考えもよぎりました。今回の旅は、研究以前に、人としての距離感を問い直す時間でもありました。
12月18日:帰国、パラレルワールドから戻る
早朝、空港へ向かう。久しぶりに髭を剃る。ロビーには日本の歌が流れていて、まるでパラレルワールドから元の世界に戻るような気分になりました。
今回の出張は、研究のコラボレーションという枠を軽々と超えました。現場に行かないと分からないことがある。人と時間を共有しないと見えてこないことがある。そして、自分の中にある認知バイアスは、机の上ではなかなか剥がれない。そうした体験を通して、私たちは真の意味での国際交流に少し近づけたのではないかと思います。
現場で得た確信、発酵プロセスと微生物の関与、土壌から果実への影響、On-farmでの実装可能性を、次の研究へと繋げる。そして同時に、この旅で得た感覚を、次の世代へ渡せるように言葉にしていく。それが、今の自分の生きる道である。